生物機能・バイオプロセス

細胞を培養して、人工的に組織や臓器を作る組織工学研究


原正之 先生

大阪公立大学 理学部 生物化学科/理学研究科 生物化学専攻

どんなことを研究していますか?

ヒト細胞を用いて、治療が難しかった病気を根治する再生医療の技術が進歩を続けています。ヒト細胞を用いて、人工的に組織や臓器を作る方法を研究する分野に、組織工学があります。組織工学製品は、移植治療だけでなく、医薬品の薬効・毒性の試験にも使えるので、実験動物などの使用数を減らすことにも役立ちます。多能性幹細胞(iPS細胞など)や、組織幹細胞(造血幹細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞など)は、これまで発生生物学や細胞生物学の分野で基礎的な研究がされてきましたが、これらの細胞を実際に再生医療や医薬品開発に利用するためには、細胞の大量培養や、品質管理を厳密に制御する必要があり、そのためには組織工学の技術が必要です。

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私はヒトや動物の細胞を培養して、人工的に組織や臓器を作る方法に取り組んでいます。細胞の多くは、細胞外マトリクスに埋もれるようにして、その中で安定した生存環境を得ています。そこで、まずコラーゲンやその他の細胞外マトリクス蛋白質を加工して、細胞が接着する足場材料を作ります。その上で幹細胞や分化細胞などを培養し、天然の組織や臓器に近い状態を再現するための研究をしています。おもに神経細胞や脳のグリア細胞のもとになる神経幹細胞や、骨、軟骨、脂肪組織のもとになる間葉系幹細胞などを適当な足場材料の上で培養すると組織モデルを作ることができます。

毒性評価の実験に使える細胞を効率よく作る

私の現在の課題は、いかに細かいレベルで神経細胞やグリア細胞を効率よく作れるのか、作ったものを用いて、化学物質や重金属などの神経発生毒性の評価をどのように確立するかということです。毒性試験には、実験動物もありますが、生体外で培養した細胞に投与する細胞試験もあります。しかし、細胞試験はいまのところ、生死の判別と、分裂・増殖があったかどうか調べられるくらいで、発生過程での細胞の奇形などの異常を試験するよい方法はまだありません。新しい試験方法を確立すれば、医薬品、食品、環境汚染など様々な分野において、神経発生毒性に関わる化学物質のリスクを、正確に評価することが可能になります。

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研究室での実験の様子

学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?
  • ●主な業種は→食品会社、薬品会社、化学会社、その他の企業など
  • ●主な職種は→研究開発職、品質管理職、技術営業職、その他
  • ●業務の特徴は→多くの理科系の知識や素養、研究経験を間接的に活かすような職種
分野はどう活かされる?

大学院で組織工学の研究を行い、現在も関連の仕事をしている卒業生もいますが、多くの卒業生は、少し異なる分野(食品会社など)や職種で仕事をしています。ただし、卒業研究や大学院での修士論文や博士論文の研究において、手を動かす(実験する)ことと、頭を動かす(結果を論理的に考え、議論し、発表する)ことを能動的に行い、成果をまとめたり説明をしたりする訓練を体験したことは、研究・開発職であれ、他の職種であれ、会社での仕事にも活きていると思います。

先生から、ひとこと

大学での専門的な勉強では、教科書に書いてある知識を理解して覚えることも重要ですが、4年生の卒論開始以後は、研究対象を自分の眼で見て、手で触って実験をして、得られた結果を自分の頭で考えて解釈して、他の人に説明して議論する事の繰り返しです。

今は、私の学生時代とは異なり、スマホで検索すると、何でも瞬時に答えが見つかる便利な時代ですが、誰もが検索結果に影響され易くなっています。頭の中や心を乗っ取られる危険がありそうです。大学では専門の勉強を通じて、上記の様に手と頭を同時に(または交互に)動かして、一見愚直にも見える試行と思考を何度も繰り返すことで、「何が本当に自分の意見なのか」を言える人間になってください。

先生の学部・学科はどんなとこ

大阪府立大学の中百舌鳥(なかもず)キャンパスは堺市にあり、緑が多く自然にも恵まれた環境です。生物に興味を持つ学生にとっては、いろいろな動植物が日常身近にあるというのは良い環境だと思いますし、世界遺産に登録された百舌鳥古墳群なども近くです。

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研究室での実験の様子

先生の研究に挑戦しよう

組織工学の研究は、高度な無菌操作を必要とするため、高校生が実験をするのは困難です。むしろ広く、様々な生物を自分の目で観察することや、生物学だけでなく化学や物理もしっかり勉強することを心がけてください。私も高校時代には、生物部に所属してプランクトンや土壌動物の採集や、観察、調査などをしていました。生物学への興味は、まず多様で不思議な生物を、自分自身で多く見ることから始まると思います。

興味がわいたら~先生おすすめ本

発生生物学 生物はどのように形づくられるか

ルイス・ウォルパート

著者は、細胞の分化の仕組みをフランス国旗(三色旗)に例えて説明する理論を提案した、世界的に著名な発生生物学者。著者が書いた教科書を、学術的なレベルは低下させずに、しかし一般の読者向けに書き直した本だ。卵から生物個体が生じる発生現象や幹細胞に興味のある人は、ぜひ読んでみてほしい。 (大内淑代、野地澄晴:訳/サイエンス・パレット新書)


理系の女の生き方ガイド

宇野賀津子、坂東昌子

理科系の分野で研究者となった著者が、研究者としての生き方(キャリアパス)、心がけるべき点について自らの体験を基にして書いた本。仕事と家庭の両立の問題など、女子学生だけでなく男子学生が読んでも参考になることが、具体的に解説されている。 (ブルーバックス)


人間はどこまで動物か

アドルフ・ポルトマン

人間を、誕生から発達、成長などの観点でサルなど他の動物と比較しながら論じた古典的な名著。古い本なので、最近の霊長類学の知見などは入っていないが、それでも読む価値のある本だ。人間の赤ちゃんが、全く自立できない手助けの必要な状態で誕生する理由が、他の動物と比較するとよくわかるだろう。 (高木正孝:訳/岩波新書)


誰が本当の発明者か 発明をめぐる栄光と挫折の物語

志村幸雄

蒸気機関車、電球、半導体など、産業技術の進歩に貢献した発明を巡る、技術者たちの先陣争いを描いた本。誰でも知っているつもりの発明に関する、意外なエピソードも多く述べられている。工学系が専門の学生はもちろん、それ以外の人が読んでもなかなか面白い内容を含んでいる。 (ブルーバックス)


本コーナーは、中高生と、大学での学問・研究活動との間の橋渡しになれるよう、経済産業省の大学・産学連携、および内閣府/科学技術・イノベーション推進事務局の調査事業の成果を利用し、学校法人河合塾により、企画・制作・運営されています。