不登校・ひきこもり・発達障害が消えた世界
支援者や家族の不安は増えることはあっても減らない

僕はかつて、僕自身が不登校を経験したという理由もあって、今は大学で不登校やひきこもり、摂食障害やリストカットといった問題行動を抱える人たちの支援について「嗜癖(しへき)行動学」という学問の視点から学生に教えている。
その他、不登校やひきこもりの子を抱えた家族の支援、不登校やひきこもり、発達障害の支援をしている人たちのために講演をする仕事もしている。学生たちの中には、将来、学校の保健室の先生になって、不登校の子を支えたいと思っている人もいるし、保健所で保健師として働いて、ひきこもりを支援したいと思っている学生もいる。
それから、公認心理師(カウンセラー)になって不登校やひきこもりの人の相談に乗りたいと思っている学生もいる。あるいは、社会福祉士(スクール・ソーシャルワーカー)になって、不登校を抱えた家族を支援したいと思っている学生もいる。
僕の大学の研究室には、不登校やひきこもり、あるいは発達の問題を持つ子の親たちが、相談にやって来る。親たちは、不登校になった自分の子どもが「どうして不登校になったのか」と僕に尋ねたりする。あるいは、ひきこもりを抱えた親は、「ひきこもりになってもう何年にもなるけれど、これからどうしたらよいのか」と、途方にくれた顔で僕にどうしたら良いかを尋ねる。
僕は、学生にも親たちにも、それから不登校やひきこもりの支援をする仕事をしている人たちにも、
「不登校の子はその必要があって学校に行けないのだし。ひきこもりの人は、その必要があって部屋にひきこもっている。」
という話をするのだけれど、それでも、学生たちはこの先、自分が不登校の子を支援する仕事に就いた時、不登校の子を学校に行かせることができるだろうかと不安を抱えている。
また、親たちはどうやったら自分の子どもが学校に行けるだろうかとか、ひきこもりの子がどうやったら就職できるだろうかと、やっぱり不安をいっぱい抱えている。
支援の仕事をしている人たちも、もし、目の前の不登校の子の支援がうまくいかなかったら、そしてその子がひきこもりになってしまったらと心配しているし。ひきこもりの人が親を亡くして、ひとりぼっちになって孤独死したらどうしようと、やっぱり不安をいっぱい抱えている。
学生や親、それから支援の仕事をしている人たちの不安は増えることはあっても、なかなか減らない。そこで、嗜癖行動学の視点から、「不登校」や「ひきこもり」あるいは「発達障害」の人がいなくなった世界について考えてみよう。
不登校・ひきこもり・発達障害が消えた世界
精神科医の斎藤環さんが、私たちの住む社会に「ひきこもり」という人々がいることを指摘したのは、『社会的ひきこもり―終わらない思春期』(PHP研究所)の初版を出版した1998年10月のことだ。
あれから四半世紀以上が経過した。内閣府によると、日本におけるひきこもりは約146万人に及ぶと報告されている。この報告によると15歳から64歳の年齢層の人たちの約2%がひきこもり状態にあるとのことだ。
これを単純に小さな町内会に当てはめて考えると、500人の町内会には約10人。1000人の町内会では約20人いるという数字だ。これはかなりの数の人が私たちの住む町に「ひきこもり」として存在していることを意味する。(もちろん、地域の町内会では高齢化が急激に進んでいる所もあり、65歳以上の人が町内会全体の3割を超える地域も珍しくないので、このひきこもりの人数はあくまで単純な計算をしたものにすぎないことも言い添えておく。)
さて、時計の針を少し戻してみよう。1990年代の前半には、いわゆる斎藤環さんが言うところの「社会的ひきこもり」の人はいなかったのだろうか?これは哲学的な考え方かもしれないが、多くの人々は物事に名称がつかない限りその物事や事件、現象といったものを認識しようとしない。つまり「社会的ひきこもり」という名称が存在していなかった1990年代前半までは、そのような人がいても多くの市民はそのような「ひきこもり」がいること、またそのような「ひきこもり」の子を育てている家族がいることを知らなかった。
人々の多くは新しい事象に名称が付けられて、初めてそれを認識し、それを理解する。しかし、市民の認識と理解というのはそう単純なものではなく、場合によっては、「ひきこもり」を「社会的にかわいそうな人たち」「親に寄生した困った若者」「働こうとしない変な人」という社会的スティグマ(烙印)を持った言葉として理解されてしまう側面もある。
実際、ある事件をきっかけにして「ひきこもり=突然キレそうな怖い人」という理解をしてしまった市民が多くなった時期があったことも事実だ。様々な側面において、そういう意味では1998年に「社会的ひきこもり」という名称が登場したことは大きなインパクトであることは事実だ。
1970年代、80年代、90年代において全国規模の「ひきこもり」調査は行われていない。だから、「ひきこもり」が当時何パーセントいたのかは知る由もないが、僕は現代のように2%にも及ぶ人々が当時「ひきこもり」だったとは到底思えない。
(出典:総務省統計局「労働力調査」から筆者作成)
このグラフは我が国の産業別就業者数の推移を表したものだ。構成比でみると、1951年には第一次産業(農業)は46.1%だったものが、2024年にはなんと2.8%にまで低下している。
また1951年に第二次産業(製造業)は22.6%だったが、高度経済成長期に36.6%に上昇し、その後は緩やかに低下して2024年には22.5%、これも過去最低を記録している。一方で、第三次産業(サービス業)は、1951年に31.4%だったが、急激に上昇し2024年では74.7%もの人々がいわゆる「コミュニケーションスキル」を求められる職業に就いていることがわかる。
批判を恐れずに言えば、ひきこもりはコミュニケーションが苦手な人とも言えるかもしれない。この社会には、絵を描くことが得意な人もいれば、苦手な人もいる。あるいは運動が得意な人もいれば、苦手な人もいる。そう考えるとコミュニケーションが苦手な人にとって、1950年代と現代を比べれば、現代は「社会に出て給与をもらうことが非常に難しい社会(世界)」であることは明らかだ。
少し別の視点の統計データも紹介しよう。アメリカCDC(疾病予防管理センター)の統計によると、自閉症スペクトラム障害と診断される子どもの数は年々増加してきている。
1985年には2500人に1人だった診断数が、1995年には500人に1人、2002年150人に1人、2016年68人に1人に急増している。この数字はアメリカのものだが、日本でもいわゆる発達障害と診断される子どもは増加傾向にある。
なんで、「発達障害」の人が増えたんだろう?単純に考えれば、「昔に比べたら発達に問題のある人が増えた」と思うかもしれない。
だけど、そう単純な話ではない。さっきも話したが、コミュニケーションが得意な人もいれば、苦手な人もいる。でも昔はコミュニケーションが苦手でも製造業で仕事をしたりすることができた。でも現代は違う。学校でみんなと同じように教室に座って、みんなと同じように学習し、みんなと同じようなテストの結果を出して、コミュニケーション能力が必要とされる「第三次産業」で働くことを求められる社会だ。
それに、発達障害の診断基準も変更されて、昔なら発達障害にならない人も発達障害の診断名がつくようになってしまった。結果、学校でみんなと同じように机に座れない人、コミュニケーションが苦手な人に「発達障害」という名称(概念)をつける必要が出てきたという側面がある。
ところで、米津玄師というアーティストは知っているだろうか。彼はその曲「がらくた」で次のように歌っている。「30人いればひとりはいるマイノリティ(少数派)、いつもあなたがそのひとり、僕でふたり♪」。米津さんは中学生のころからひきこもりがちで、部屋にこもってコンピューターで作曲をするのが好きだった。自分に自信が持てない彼は、自身の声で歌うことはせずにコンピューターで合成されたボーカロイドという声に自分で作った歌を歌わせていた。もしも、彼が何かのきっかけで、当時の幼い頃に精神科を受診していたなら発達障害の診断名がついたことだろう。
おそらく、あと10年、少なくともシンギュラリティ(技術的特異点)と呼ばれるAIの知能が人間の知能を上回るとされる2045年には「不登校」や「ひきこもり」と呼ばれる人はいなくなると思う。生成AIをはじめとするコンピューター、インターネット技術の発展は目覚ましく、僕の両隣の住人であるお父さん友達は、週に3日は在宅ワークだ。
また、N高等学校で有名な角川グループは、年間30万円程度の学費で学士号が取得できるZEN大学を開学した。この大学には物理的なキャンパスはほぼ存在しない。あるのはインターネット上に作られた仮想空間のキャンパスだ。
Z世代(90年代から2010年に生まれた世代)、そして次のアルファ世代(2010年以降に生まれた世代)はデジタルネイティブ世代と呼ばれ、物心ついた時からコンピューター、インターネット、スマートフォンに触れていた世代だ。彼らはこれから先の四半世紀の間に、現代の社会生活では考えも及ばなかったような生活スタイルをしていく世代と言えるだろう。
次世代は、物理的に人と対面し、頭を下げてコミュニケーションをして何かを売る必要があったこれまでの時代とは異なり、仮想空間の世界で自分に合った人と出会い、その人とAIが苦手とする何かを“創造する”ことで仕事をする世界で生きていく。
その時、彼らは私たちが作り出した名称である「ひきこもり」や「発達障害」、「不登校」について、こう言うことだろう。「「ひきこもり(不登校)?」それって、みんなと同じで部屋にいつもいる私のこと?」「自閉症スペクトラム?それって、みんなと同じでAIと話をしてばかりいて、絵を描く私のこと?」。
その時、彼らは私たちが作り出した名称である「ひきこもり」や「発達障害」、「不登校」について、こう言うことだろう。「「ひきこもり(不登校)?」それって、みんなと同じで部屋にいつもいる私のこと?」「自閉症スペクトラム?それって、みんなと同じでAと話をしてばかりいて、絵を描く私のこと?」。
米津玄師さんは、2025年に彼自身が初めて行ったドームでのライブでこんなことを語っていた。「17年前、家に引きこもっていた自分は、こんな大きな舞台に立てるなんて夢にも思っていませんでした。これは祝祭です。祝福です。皆さん本当にありがとう!」
どうだろうか。嗜癖行動学の視点から見ると、「ひきこもり」「不登校」「発達障害」といったような言葉は、“ある時点”において、社会で生きづらさを感じている少数派に付けられた名称(概念)であること。そして、それは場合によっては時代の変化と共に淘汰される可能性がある名称(概念)であることを知ってもらえたと思う。
学校に行ってほしい、就職してほしいという“本音”
ネットのニュースでは、不登校の児童生徒数が増えていると繰り返し報道されている。また、ひきこもりの数も増えていると繰り返し報道され続けている。だから「どうにかしなくちゃいけない」と、政治家たちも、世の中の大人たちも口を揃えて言う。
でも、政治家や大人たちが提示するメニューは、不登校の子がフリースクールに行けるようにお金を出して援助しようとか、ひきこもりになった人たちが、就職できるように就職支援しようという、とても少ないメニューばかりだ。
つまり、 多くの大人たちは、不登校はどんな形であれ、家を出てどこかの学校に行くべきだと思っているし、ひきこもりも家を出て、会社に就職し給料を得るべきだと信じ込んでいる。 そんな情報ばかりインターネットやテレビに流れるから、不登校の子を抱えた親も、ひきこもりを抱えた親も安心していられなくなる。
「このままじゃヤバイ」と焦った親たちの中には、子どもを引きずって学校に連れて行こうとする親もいるし。あるいは、必死になって家の近くでフリースクールを探しまくる親もいる。
ひきこもりを抱えた親も、いろいろな事件のニュースに刺激を受けて、それまで何年も口にしていなかったのに、突然、「ハローワークに(職を探しに)行って欲しい」と子どもに言い出す始末だ。
世の中の政治家を含めた大人たちの“本音”は、「不登校の子たちをそのままにしておいたら、やがてひきこもりになるし、ひきこもりになった人たちの親が亡くなって、親の年金もなくなったら、生活保護で支援しないといけない。それでは、お金がかかるから困る」というものだ。
世の中で、就労して自分がしっかり納税していると思っている大人たちの中には、生産性のない人、つまり働かない人、納税しない人に生活保護でタダ飯を食べさせるなんてずるいと言う人も多い。
そこまでひどい言い方をしない大人でも、もし、ひきこもりの親が亡くなってしまったら、そのまま社会につながることができず、孤独死したら大変だと口にする。でも、実のところそんな大人の本音は、「もしも、ひきこもりを孤独死させたら、自分たちの無能さを曝け出すようで、とても恥ずかしい」というものだ。
だから結局のところ、世の中の大人たちは、不登校の人は閉じこもっている部屋を出て、家も出て、やっぱりどこか学校のようなところに行って欲しいと思っているし、ひきこもりの人は、閉じこもっている部屋を出て、家も出て、どこかの会社に就職して給料を得て欲しいと思っている。
部屋の外が「安全」と思えれば出られる
マズローというアメリカの心理学者は、“人間の5つの欲求”というのを私たちに教えてくれている。
人には、欲求が5つあって、最初の欲求は、お腹が空いたらご飯を食べたいということ。2番目の欲求は、誰も自分を攻撃しない、いじめられたりしない安全な居場所が欲しいということ。3番目の欲求は、誰か他の人とつながって自分の存在を知ってもらいたいということ。4番目の欲求は、誰かに自分を認めてもらって、「いいね」が欲しいということ。
最後の5番目の欲求は、自分もあんな人になりたいという夢を持つこと。5番目の欲求段階に至るまでには、1番から4番の欲求のどれかが1つ欠けていてもいけない。
だから、自分の部屋だけが安全な場所になっている不登校やひきこもりの人は、1番目の欲求である食欲が満たされても、2番目の欲求の“安全な居場所”は自分の部屋だけ、部屋の外は怖いから、その部屋から出られない。
つまり、不登校やひきこもりの人たちにとって、閉じこもっている部屋の外が安全な場所なら、そこから出ることができる。でも、多くの不登校の子やひきこもりの人たちにとって、閉じこもっている部屋の外には危険がいっぱいだ。
閉じこもっている部屋の外で、お父さんがいつも大声でお母さんを怒鳴りつけていたら、安心して、自分の部屋から出られるだろうか。自分も怒鳴られるかと思うかもしれないし、怒鳴られているお母さんを守ってあげられない自分が無力で情けないと思うかもしれない。
閉じこもっている家で、お母さんがいつも寂しそうにしていたら、安心して学校に出かけたり、外出したりできるだろうか。学校に出かけている間に、お母さんがいなくなってしまうと思ったら、とても家の外には出かけられない。
閉じこもっている部屋にいても、テレビやインターネットでは、不登校のフリースクールの情報や、ひきこもりの就労支援の情報も飛び込んでくる。それは、学校に行かないことは良くないことで、学校に行くべきだと言っているように聞こえるし、ひきこもりはいけないことで、働くべきだとどうしても言っているように聞こえる。閉じこもっている部屋ですら、マズロー流に言えば、完全に安心できる場所ではない。
いつも、大人はみんな“多様性”が重要だと言うけれど、肝心な事が抜けている。多様性が重要なら、例えば「コミュニケーションが苦手でも、それでも生きていける社会を作る」と、世の中の大人たちは誰も言っていないような気がする。これではいけないと僕はとても反省している。
不登校の子が学校に行くことは、ゴールではないし、ひきこもりの人が働くようになるのはゴールではない。大切なことは、1秒でも長く生き延びることだ。できれば笑顔で。
マズローの欲求に基づけば、不登校やひきこもりの子が閉じこもっている部屋を安心して飛び出すためには、部屋の外である家の中を安心できる場所にしなければいけないし、家の外の社会を彼らにとって安心できる場所にしなければいけない。
そのために、まずは親が、自分の子が部屋に引きこもらざるを得ない現状を心から肯定して、受け入れてあげることが最初のステップとしてとても重要だ。
それに、不登校やひきこもり子を抱えた親が、部屋に閉じこもっている子の現状を心から肯定するには、社会の大人たちは、親の不安やどうにもできない現状をそのまま受け入れて肯定してあげることがとても重要だ。
不登校の子が登校できるようになること、ひきこもりが就労できるように環境を整えるという目標を掲げることは、悪いことではない。
でも目標を掲げると、登校できない子やその親、就労していないひきこもりやその親は、どうしても現状を否定されたように思ってしまう。現状を否定されると、そこから先もきっと否定され続けるだろうと不安がどんどん増してしまう。
子どもをではなく、親が自分を変える手法・社会全体の問題として考えること
僕の研究は、「嗜癖行動学」という視点から、不登校やひきこもりの子を抱えた親が、子どもを変えるのではなく、自分を変えるための手法に力点を置いたものだ。また、不登校やひきこもりの支援をしている援助職の人たちにもこの手法を活用してもらいたいと思っている。
それから、社会側に問題があるのなら、それを指摘し、社会問題として取り上げ改善することもこの学問が行うべき仕事だ。
不登校やひきこもりという言葉を聞くと、どうしても「登校させなければ」「就労させなければ」と考えて不安になってしまう援助職者の不安も解消するのも、この学問の仕事でもある。
もう一度言いたい。
この社会には本当に様々な人が生活している。困った人、少数派の人に「〇〇〇」というラベルをつけて安心するのはやめてもらいたい。それよりも、様々な人がその人にとっての幸せを掴めるような社会を作ることが何よりも大切なことだ。

薬物乱用という問題は多くの国がそれを犯罪として扱ってきました。しかし、薬物への嗜癖者を刑務所に閉じ込めておくだけでは回復不可能であると、先進的な取り組みをしている国(ポルトガル等)は気づき始めています。薬物への嗜癖を犯罪としてではなく病気として捉え、必要な治療環境を整備することは、この問題を抱えた当事者だけでなく、その家族や子どもたちにとっても重要なことです。
「不登校・ひきこもり当事者家族に変化を促す支援者のためのフローチェックリストの研究」
斎藤学
家族機能研究所
機能不全家族への家族療法、精神分析、研究者としての専門家(精神科医)。依存症という概念を作った人です。高校生の時に、著書『嗜癖行動と家族』(有斐閣)を読んで、コレだ!と思いました。
佐藤哲彦
関西学院大学 社会学部
【薬物政策】どんな人たちが、違法薬物に手を出してしまうのか。そのような人たちをどうやって社会全体で支援していくべきなのか。そもそも違法薬物を決めたという歴史はどんなものなのか。私たちが「ダメゼッタイ」と教わってきた事柄が、実は違った。という目から鱗が落ちるような研究をしている先生です。
斎藤環
筑波大学 医学群 医学類/人間総合科学研究科 ヒューマン・ケア科学専攻
「社会的ひきこもり」という言葉を世に送り出した人。ひきこもりについて、ほとんどの人が気付いていなかった90年代末に「ひきこもり」という名称を付けたことで、市民がひきこもりについて気付くきっかけを作った人です。社会を斜め45度から捉えた環流の評論は、読むのに時間がかかるけれど、あっ!という発見をしてしまった瞬間から、パラレルワールドに入ってしまった気分になってしまいます。
◆「嗜癖行動学ゼミ」では
嗜癖行動は私たち自身が普段の日常生活の中で行っている行動であることから、自分観察、自分史を紐解くことを推奨しています。とはいえ、自分自身というのはなかなか発見しにくいのも確かですから、映画を観るように推奨しています。映画の中に“こんな自分”を発見しましたという話から、ゼミが展開されていくこともあります。
◆Facebook:https://www.facebook.com/shiheki/
◆主な業職種
(1)病院・医療(看護師)
(2)小・中学校、高等学校など(養護教諭)
(3)福祉・介護(ケアマネージャー)
◆学んだことはどう生きる?
精神科の看護師として勤務している卒業生は、アルコール依存症やギャンブル依存症の治療に関わっています。嗜癖行動学は、その嗜癖行動だけを焦点化するのではなく、患者の成育歴や家族関係、職場での人間関係までを幅広く捉える学問ですから、このゼミで学んだ視点を活かしながら、臨床現場で活躍しています。
高齢者の居宅介護支援事業所を経営している卒業生は、その地域の実情を的確に把握しながら、生徒数が少ない小学校と共同で行事を実施したり、介護を必要としない高齢者に事業所の運営を手伝ってもらったりしています。今は、ひきこもりの人にも住み込みで事業運営に参加してもらえる仕組みを模索しているところです。
看護師、保健師、養護教諭になりたいという学生が学んでいます。特に、不登校・ひきこもりについては、キャンパス内に不登校・ひきこもりサポートセンターという施設があり、大学の近隣で小学校や中学校に行くことができない子どもたちやその家族を支援しています。
学生には、このサポートセンターで学生ボランティアとして活躍してもらっています。将来、保健室の先生(養護教諭)になりたいという学生や、保健師として地域住民の困難な状況を支援したい学生は、このサポートセンターで実践を経験できます。
また、精神科の看護師として働きたい、あるいは慢性疾患(糖尿病など)の患者や、その家族を支える看護師になりたいという学生の中には、私が担当する「現代社会と嗜癖」の講義を受講している学生も多いです。患者の困った行動を嗜癖行動として捉え、患者本人を変えるのではなく、患者への関わり方や家族への関わり方を学んでいる学生が多くいます。
ロケットマン(映画)
デクスター・フレッチャー(監督)
イギリスのミュージシャン、エルトン・ジョンの半生を描いた映画作品です。幼い頃のジョンは私たちと同じで、悲しいときはお母さんに抱きしめられたかったし、頑張ったときはお父さんに認めてもらいたかった。だけど、お母さんはジョンを愛するよりも、他の男性に愛されたいし、お父さんはジョンと遊ぶより、仕事を通じて職場で認められたくて、家ではジョンはいつも独りぼっち。
音楽を通じて、ジョンは世界中の人が称賛するミュージシャンになれたけれど、心の中ではいつも独りぼっち。やがて彼は、その孤独を癒すためにお酒やドラッグに溺れて自暴自棄になっていく。
嗜癖行動は、お酒が止められなくなったり、違法薬物を摂取して快感を得たりする行動のことですが、嗜癖行動から抜け出せなくなって生活している人の多くは、ジョンのように幼少期の外傷体験(トラウマ)に原因があるということがわかってきています。どうしたらそのような幼少時代のトラウマを癒すことができるのかについても、映画では紹介されています。
嗜癖行動はすべての人に関係する行動です。苦しい時や不安な時、その辛さや不安を解消するための行動です。つらい時、中にはジョンのように、音楽に酔いしれる人もいるでしょう。あるいは、ジョギングのような運動をして不安を解消する人もいます。
嗜癖行動はその人がその環境に適応して生き延びていくための知恵とも言えます。その人の嗜癖行動を善悪で判断するのではなく、その人の成育歴や家族関係、生活している社会環境に目を向けて、その人が取っている行動を嗜癖行動として捉え直すと、その人の生きづらさや苦悩がはっきりと見えてきます。
そうすれば、単純にその人の嗜癖行動(お酒やドラッグなど)を取り上げるのではなく、その人の苦痛をありのまま認めてあげること、その人のありのままを受け入れることが最大の支援になることに気づくことができるでしょう。
![]() |
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? 嗜癖行動学 |
![]() |
Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 米国ハワイ。ハワイ大学に留学したかったから。 |
![]() |
Q3.一番聴いている音楽アーティストは? 福山雅治。『何度でも花が咲くように私を生きよう』が好きです。 |
![]() |
Q4.大学時代のアルバイトでユニークだったものは? 居酒屋で調理から、接客、店の準備すべてをこなしたこと。 |
![]() |
Q5.研究以外で楽しいことは? キャンプ |






