経済史

大卒の就職

今も昔も変わらぬ早期退職。明治時代の大卒者追跡調査


藤村聡先生

神戸大学  経済経営研究所

出会いの一冊

海賊と呼ばれた男

百田尚樹(講談社文庫)

神戸高商を卒業した出光佐三が主人公のモデルです。佐三はガリ勉タイプではなかったものの、在学中に企業家に不可欠な深い教養を修得し、それが数名の零細な商店から出発して出光興産という大企業に成長できた基礎になっていました。

本書からはビジネスにおける創意工夫や粘り強さ、熱情、そして何よりも倫理観念の必要性が読み取れるでしょう。佐三の業績を讃えて神戸大学には「出光佐三記念 六甲台講堂」が秀麗な姿を誇っています。

こんな研究で世界を変えよう!

今も昔も変わらぬ早期退職。明治時代の大卒者追跡調査

明治から昭和の神戸大OBを追跡

戦前期企業の内部統制と不祥事の関連性という研究を進めており、ここでは、これまでに判明した従業員の分析の成果を紹介しましょう。実は従業員の就業実態を伝える史料はほとんど存在せず、戦前期の労働市場の全貌は五里霧中の状態です。

そこで視点を企業から学校に移して、神戸高商(現在の神戸大学)の卒業生名簿を利用し、卒業生が各年にどの企業に勤めていたのか、明治40(1907)年から昭和12(1937)年まで追跡した結果、興味深い事実がわかりました。

現在は、大卒の3割が3年で退職

最近盛んな議論の一つに若者の早期退職問題があります。大卒の3割、高卒の4割の新入社員が3年以内に退職しており、その理由について多くの評論家や研究者が様々な意見を出しています。

よく耳にするのが「今どきの若者は甘ったれで忍耐が足りない」という叱責でしょう。しかし、それは正しい理解でしょうか。

明治は3年で2割が退職

明治後期の卒業生を追跡すると2割程度は3年以内に退職し、別の会社に移っているのです。加えて「近頃の若者は辛抱がない」と嘆く戦前期の史料は珍しくありません。

明治後期は企業社会がようやく成熟した時期であり、その当時から若者の早期退職率が高いという事実は、それが時代を超えた普遍的な現象であったことを示唆しています。

頻繁な転職が仕事のスキルの習得を妨げるのは否定できませんが、転職を働く人と会社のミスマッチの調整と理解するならば、さほど現代の若者を非難すべき筋合いでもなさそうです。

研究素材になった神戸高商(神戸大学)の『学校一覧』です。 『学校一覧』は毎年刊行され、明治40(1907)年から昭和10年代まで約30冊を分析しました。
研究素材になった神戸高商(神戸大学)の『学校一覧』です。 『学校一覧』は毎年刊行され、明治40(1907)年から昭和10年代まで約30冊を分析しました。
SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

image

世界各国で高等教育(大学や専門学校)を受ける教育機会の拡充が進められていますが、多額の税金投入に消極的な意見も存在します。高等教育の意義が明確に説明できておらず、研究を主導するアメリカにおいてすら、大学出身者のほうが給料が高いという個人の経済的利益の指摘に留まっているからです。

私の研究では、企業における大学出身者の規律や自制心を数値化で示すことに成功し、高等教育の社会的な意義を明らかにしていると考えます。

先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「戦前期商社の内部不祥事と経営組織」

詳しくはこちら

どこで学べる?
もっと先生の研究・研究室を見てみよう
『学校一覧』に収録されている卒業者名簿の拡大写真です。 ここから誰がどの年にどこの企業に在職しているのかがわかります。 約1500人の卒業生の動向をエクセルに手入力しました。研究活動には退屈さに耐える忍耐力が必要なのです。
『学校一覧』に収録されている卒業者名簿の拡大写真です。 ここから誰がどの年にどこの企業に在職しているのかがわかります。 約1500人の卒業生の動向をエクセルに手入力しました。研究活動には退屈さに耐える忍耐力が必要なのです。
先生の学部・学科は?

神戸大学の経済学部と経営学部はビジネス・スクールとして古い伝統を持ち、理論よりも現実の経済活動の考察を主眼にしています。特に経営学部は国際的に活躍できるビジネス・パーソンの育成を目標の一つに掲げており、その分、授業は濃い密度で進められ実力が養成される一方で、成績の判定は厳しく、大学が求める水準に達していないために留年した学生も稀ではありません。英語の能力は必須で、留学のチャンスは豊富です。

中高生におすすめ

グリーン・マイル

スティーブン・キング、訳:白石朗(小学館文庫)

「個性や才能が重要」という言葉はよく耳にしますが、それは現実には「人間関係を壊さない程度の個性」であり、「凡人にも理解できるレベルの才能」にすぎません。それが突出している場合は単なる悲劇だということが、よくわかる作品です。


ローマの休日(映画)

ウィリアム・ワイラー(監督)

白黒映画で最初はとまどうかもしれません。しかしテンポは速く、見ていて飽きさせません。必ずしもハッピー・エンドではありませんが、完璧に近い、心暖まる傑作です。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

美術史、哲学

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

アメリカ。実力があればチャンスも多いので。また自然が多様性に富んでいるので。

Q3.一番聴いている音楽アーティストは?

モーリス・ラヴェル。『海原の小舟』が好きです。

Q4.研究以外で楽しいことは?

クラシックの作曲家が自分で演奏している音源を捜すこと。

Q5.会ってみたい有名人は?

ショパン。現在の演奏方法は正しいのか訊いてみたいです。