葛藤する形態 第一次世界大戦と美術
河本真理(人文書院)
第一次世界大戦は日本では影の薄い戦争と捉えられがちです。しかし実は、第一次世界大戦こそが私たちが生活している「現代世界」の基本的な枠組みを作り出した出来事だったのではないでしょうか――依然として私たちは、大量殺戮・破壊によって特徴づけられる「ポスト第一次世界大戦の世紀」を生きているのです。
第一次世界大戦前後は、美術にとっても重要な、様々な傾向が同時に噴出した時代でした。本書は、第一次世界大戦と美術の関わりについて、その社会的背景をも含めて多面的に考察することによって、〈現代〉戦争はどのように表象されるのか、そして戦争が美術に対して持ち得た意味とは何かを探ります。美術用語の解説や、第一次世界大戦関連の年表も付いています。
カモフラージュとモダン・アート――女性はどのように関わったのか
軍事技術を超え、ファッションに
カモフラージュは、自然界に存在する「擬態」などに想を得て、敵の目から対象を隠し、敵の目を欺く技術です。よく知られているカモフラージュといえば、人気の迷彩柄ファッションでしょう。このようにカモフラージュは、軍事技術という括りを超え、ファッションや文化現象にまで及ぶものなのです。
ピカソは「あれこそキュビスムだ」と叫んだ
今から100年ほど前、第一次世界大戦時に、パリのラスパイユ大通りで、迷彩を施したトラックを初めて目撃したピカソが、「あれを作ったのは僕たちだ、あれこそキュビスムだ」と叫んだといいます。
ピカソは戦争には行かなかったので、ピカソ自身がカモフラージュを作ったわけではありません。しかし、敵の飛行機や航空偵察写真から自軍の装備や位置が見分けられないようにするという現代戦のカモフラージュが開発されたのは、まさに第一次大戦中で、それに大きく関わったのが、キュビスム周辺の画家たちでした。「対象を見えなくする」カモフラージュとモダン・アートの関わりは、キュビスム、抽象(無対象)絵画、シュルレアリスムなど多岐にわたります。
カモフラージュには多くの女性が携わっていた
布の染色や偽装網の製作に従事したのは、多数の女性労働者でした。こうした女性労働者の姿を描いた女性画家(ジネステ・ビートン、エヴリン・ダンバー)や、自身がカモフラージュを実演した女性芸術家(リー・ミラー)もいます。本研究では、第一次世界大戦から第二次世界大戦までのカモフラージュを、ジェンダーの観点から再検討し、女性がカモフラージュにおいて果たした役割を明らかにするとともに、彼女らが美術のあり方にどのような変容をもたらしたのかを考察します。
「カモフラージュ/女性/美術をめぐる研究:ジェンダーの観点からの再検討」
池上裕子
大阪大学 文学部 美術史学専修/人文学研究科 芸術学専攻
【現代アメリカ美術史】美術シーンのグローバル化という観点から論じた著書『越境と覇権 ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭』などで注目されている研究者です。
松井裕美
東京大学 教養学部 教養学科/総合文化研究科 超域文化科学専攻
【フランス近現代美術史】『キュビスム芸術史 20世紀西洋美術と新しい<現実>』などで注目されている、気鋭の研究者です。


