神経生理学・神経科学一般

学習の脳メカニズムを明らかにし、学習の制御、記憶障害の治療、新しい人工知能の開発を可能にする研究


田端俊英先生

富山大学 工学部 工学科 知能情報工学コース(理工学研究科 理工学専攻 数理情報学プログラム)

どんなことを研究していますか?

ものごとを学習する効率の善し悪しは、個人や動物種によって異なるし、同じ個人であっても気分や調子によって変化します。私たちが学習したり記憶したりするのは、脳の「シナプス可塑(かそ)性」と呼ばれる現象が基礎となっています。

シナプスは神経細胞どうしが接合する場所であり、ここで伝達物質を受け渡すことで情報交換が行われています。シナプス可塑性とは、伝達物質の受け渡し方が変化して、脳内の情報の流れを変える現象です。この情報の流れが変わることが、新しい記憶を獲得することにつながります。

分子レベルで、シナプス可塑性のメカニズムを調べる

私たちは神経科学を専門とし、おもに生理学的な手法でシナプス可塑性について研究しています。シナプス可塑性を引き起こすメカニズムは、まだ大まかなところしか分かっていません。私たちはそのメカニズムを、分子レベルでつきとめようとしています。もし、このようなメカニズムが解明されれば、どうすれば学習の効率を改善できるかがわかります。

ますます情報化が進む今日の社会では、知識習得効率の差による格差が生じています。私たちの研究によって効率の差の原因が明らかになれば、格差をなくし、公平な未来社会を実現できると考えられます。また発達障害や加齢性脳変性にともなう学習・記憶障害も緩和・治療することが可能になると考えられます。さらに、より高度な人工知能の開発にもつながることが期待されます。

パッチクランプ実験。研究室の学生が単一の神経細胞を顕微鏡で捉え、ロボットアームで電極を神経細胞に当て、電気活動を記録し、シナプス可塑性などを解析している様子。
パッチクランプ実験。研究室の学生が単一の神経細胞を顕微鏡で捉え、ロボットアームで電極を神経細胞に当て、電気活動を記録し、シナプス可塑性などを解析している様子。
この分野はどこで学べる?
学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

●主な業種は→医学・生物学研究支援機器、医用工学、宇宙・農業・インフラ・半導体・鉄鋼など幅広い製造業

●主な職種は→研究・開発者、技術統括者、技術者

●業務の特徴は→新しい機器・サービス・事業を創造するクリエイティブな業務や国際的な技術の業務

分野はどう活かされる?

総合芸術である神経科学研究を通して実験研究力、コンピューターを用いたプログラミング力・解析力、英語コミュニケーション力などを培って、“万能選手”として成長することができます。成長を遂げたOBたちは、あらゆる分野において先端的な機器・サービス・事業の研究・開発や技術統括で、国際的に活躍しています。複数のOBがその企業が新たにチャレンジする事業を開拓する、社長直属の未来部門で活躍しています。

先生の学部・学科はどんなとこ

神経科学は脳・神経系の仕組みを調べて、人間の認識や発想のメカニズムに迫ろうとする、いわば科学に残された最後のフロンティアに迫ろうとする挑戦の領域です。心理学、(身体的な)医学、精神医学、人工知能など入口となる学問がたくさんある上、研究するために生物学、化学、電子工学、コンピューター、光学などを多用するなど、総合芸術のような奥行きのある学際領域です。

取り組むのは大変ですが、だからこそやりがいを感じる人も多いはずです。その道のプロになるためにはいずれかの関連領域の専門を極め、かつ必要に応じて専門外の領域の知識・技術を広く修得していく必要があります。また最先端の科学・技術の成果はすべて英語論文として発表されるので、専門内外の領域をすばやく俯瞰するために相当高度な英語力が要求されます。

本学・本コース/専攻は総合大学の学際的コースであり、総合芸術である神経科学に入門するためにうってつけの場所です。学部1〜2年次の教養課程で自然科学、社会科学について視野を広げることができます。また、私も関わっている科学論文を読み書きするための高度な英語教育も行っています。

コース/専攻の専門科目では、情報工学とともに神経科学や医用工学に関する授業もあります。学部4年次および修士/博士課程では、各学生は研究室に配属となり、卒業/学位号論文研究に取り組むことになります。当研究室には贅沢な実験機材が豊富に揃っており、世界水準の論文研究に取り組むことができます。また当研究室は医学部との共同研究も盛んに行っており、広い視野に立って研究を行うことが可能です。卒業/学位号論文研究の成果は権威ある国際学術雑誌・学会で英語論文として発表しています。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
先生からひとこと

神経科学を目指している皆さんは、総合芸術であるこの分野をマスターできるよう、英語、数学、科学、社会学等の基礎をしっかり固めてください。ただし受験科目のガリ勉だけでは準備が足りませんし(芸大で音楽を究めようとしている人に、高校の授業科目は勉強したけれど、楽器を演奏したことがないという人はいませんよね。それと同じです)、そもそも面白くないでしょう。

今持っている興味に“ブレーキ”をかけずに、神経科学や人工知能の入門書や解説書を何冊か自己流で構いませんので読みあさってください。興味を深め、研究の現場の雰囲気を知ることで、受験勉強のモチベーションも上がるはずです。

神経科学は高度な学問であり、高額な実験装置や材料が必要となることから、できるだけレベルの高い大学や大学院で修行することをお勧めします。そうしたところに行けば、すぐれた学友と切磋琢磨し、また教員から厳しくも適切な指導を受けることができるはずです。

また、大学・大学院に入学してからは、自分にとっての“ゴール”(将来何に的を絞って研究していくか)を常に考えながら、学び続けてください。神経科学に入門し、成長していくためには相当な努力が要ります。しかし、だからこそ学生生活も楽しくなるし、またやり遂げたときの達成感が大きいと思います。

先生の研究に挑戦しよう!

シナプス可塑性研究の成果の応用として人工知能(機械学習、ディープラーニングなども含む)があります。身近なところでは、iPhoneのSiriやOK Googleなどスマートフォンの自然言語認識システムにも使われています。

ただし、今普及している人工知能は少し古い研究成果によるもので、能力は限定的です。試しに、SiriやOK Googleに難しい質問をしてください。ときどきちんぷんかんぷんな答えが返ってくることがあるでしょう。より人間的な、高度な人工知能を実現するためには、シナプス可塑性のメカニズムをもっと詳しく調べて、その成果に基づく新しいシステムを開発する必要があるのです。

興味を持ったら、人工知能と人間ではどのように質問に対応しているか、その仕組みについてネット記事や科学入門書などで調べ、考察してみて下さい。実は、人間がどのようにものを考えているかは未解明な部分が多いことがわかるはずです。その未解明の部分を、少しずつではありますが、解明していこうとしているのがこの学問分野です。

興味がわいたら~先生おすすめ本

意識はいつ生まれるのか 脳の謎に挑む統合情報理論

マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ 花本知子:訳(亜紀書房)

「意識とは何か」という問題は、神経科学の重要な問いの一つだ。脳・神経系の働きを調べると言っても、抽象的な脳・神経系の働きのどれをどのように調べるかなど、道筋を立てなければ始まらない。プロの学者すら、自分が何のために研究を開始し、いかに研究を展開していけばよいかを見失うことがある。

この本は、少しでも問題の本質に迫ろうとする学者たちの格闘ぶりを教えてくれる。一見難解そうに見えるが、読み始めると具体的なイマジネーションが広がる。神経科学の世界に入門したいと考えている高校生が研究の現場を知るために、格好の良書となっている。 


生物進化を考える

木村資生(岩波新書)

生物進化論について、ダーウィンから中立論までの流れを詳しく解説する。著者は、革命的な「分子進化の中立説」を提唱した生物学者。生命現象を理解するために、数学を含めた理論的な思考法で道筋を示してくれる。 


素粒子

ミシェル・ウエルベック 野崎歓:訳(ちくま文庫)

最先端の生物学が社会にもたらすインパクトを、個人の苦悩や、科学者の世界観をテーマに小説として表現した稀有な作品。純文学としても面白く、読み応えがある。研究の現場の雰囲気を知りたい高校生におすすめ。